誕生日がその人にとって特別な日。だからその日は大切な人と過ごしたい。
私の誕生日にゼンと過ごせるならそれはとても嬉しいことだし、彼の誕生日も私は一緒に過ごしたい。
そう。──今日はゼンの誕生日。
はじめは、今日くらいはゆっくりお互いに休んで過ごせたらいいねって言いあってたいたのだけど……。
個の立場より会社のみんなのことを優先してしまうことは立場的に仕方ないわけで。
本当は休むつもりでいた私も急遽差し込まれた取材の仕事に追われていたし、ゼンといえば昨日から突然の出張。
のんびりとした1日を過ごすことは今の私たちの現状から無理だろうとは覚悟していたけれど、本当にただの夢の話にしか過ぎなかった。
(まさかゼンが前日から出張が入るほど忙しいなんて思わなかったけれど!)
0時を迎えた瞬間に電話をかけて声を聴けたことはとても嬉しかったけれど、やっぱりゼンの特別ないちにちのはじまりは一緒に過ごしたかったなって思う気持ちは今でも残っている。
「せっかくの休みだし、ふたりでやりたいことがたくさんあったんだけどなあ……」
二人でやりたいことを指折り数えてみるけれど、指の数がぜんぜん足りない。
少し肩を落としため息を吐いても、現実のやるせなさが軽減されるわけじゃない。
ただ、特別な日に会えないからこそ、今日の私たちのSNSでのやりとりは普段以上にあまい空気にあふれたものだった。
もちろん、ゼンがそのまま素直に愛の言葉をささやいてくれるわけじゃない。
それでも、彼も私を愛してくれていることが文面からだけでわかるほどの文章でつづられていた。
『早くお前に会いたい』
嫌味もなにもなく端的に告げられたその文章が目に入った瞬間、胸があまく疼く。
そんな文面だけですごくうれしくなって、胸が痛くなるのは、私がゼンを大好きだから。
『私も会いたい。ゼンは何時ころ戻ってこれるの?』
『早くて23時すぎだな。合鍵で勝手に入っていいから、部屋で自由に過ごしていろ』
『うん。待っているね。そうだ。せっかく時間があるんだし、部屋に誕生日の飾り付けでもしておこうか?』
『不要だ』
端的だった。
(そりゃ、断られることは予想してたけど)
『わかったよ。おとなしくして待ってる』
『ああ。眠かったら俺のベッドで寝ておけ』
『そうするね』
そのやりとりを最後に、ゼンからの連絡は途絶えた。
(おとなしく待ってるって答えたけれど……することがないよ)
時間つぶしにいちばんいいのは、ネットでいろいろな情報を検索することかなとはじめは考えた。
何しろ、日々過ごすだけで精一杯で今のこの世界の情報があまりにも不足している。
けれど、実際に気になる用語を検索したところ……
「だめだ。この情報もいっさい出てこない」
表面的な浅い情報から深堀りをしようとしても、ネットの検閲がはいっているのか、本当に知りたいことは欠片たりとも調べることができなかった。
(特に何の問題もなさそうなページは読めるみたい)
仕方ないから、いつか行きたいと思っているカフェの情報をぼんやりと眺める。
どのお店もとても可愛くて素敵だけれど、行きたいな、と私が何度も脳裏に思い浮かぶのは、不愛想にもほどがあるレストランの気まぐれなマスターの仏頂面だった。
「はぁ……ゼンに会いたいな」
ベッドへと移動し、無意味にごろごろとしながら悶々とした思いをしながら過ごしているうちに──気づいたらうたたねをしていたようで、次に意識を取り戻したのはベッドの軋み音だった。
「……?」
改めて音がした方向を見る。
視界にとらえたのは、ゼンが私の隣に腰かけそのまま横になろうとする姿だった。
「う……ん。ゼン? おかえり~~」
声をかけると。
「ただいま」
「ん」
(おかえりとただいまなんて、一緒に暮らしているみたい)
普段は交わすことのない言葉に思わず照れてしまい、軽く喉を鳴らしてゆるんでしまう頬を引き締めた。
そんなことを考えながら、ゼンの様子をうかがってみる。
暗闇の中で素の様子を見せているゼンは、無意識に眉根を寄せており顔には緊張の名残りが残っていた。
「すごく疲れているね」
「流石に、今日はいろいろとな」
私の言葉にゼンはいつも以上に抑揚のないトーンで言葉を返す。
(ゼンが躊躇いもなく疲れたという言葉を発するなんてすごく珍しいな)
普段の彼は、仕事に対しての誇りなのか、私に対して弱気な言葉なんていっさい見せたことがないのに。
ひょっとしたら……誕生日をちょっとでも私と過ごそうとして無理をしてきたのかな、とふとそんなことを思った。
それを尋ねたところで、私に会うために無理をするなんてこと、ゼンが絶対認めるわけはないんだけど。
詳しいことまでは聞いていないけれど、今の彼を取り巻く環境がとても大変なことは知っている。
きっと、今こんなに疲れている様子から推測すると、並大抵じゃない苦労があるんだろう。
そうじゃなきゃ、ゼンがこんなに疲れを隠さないなんてするはずがない。
「とりあえず今日はゆっくり寝よう。明日もまた朝から仕事なんでしょう?」
「ああ。だがまだお前と祝ってな……」
「あなたは無理しないで」
言いかけたゼンの頭を私はそっと抱きかかえる。
「なっ……?」
「ゼンが眠りにつくまで、こうやって頭撫でてあげるね。何もプレゼントを用意できなかったから、これが私の誕生日プレゼント」
癖で少し跳ねる髪を撫でつけるように何度もゆっくり頭をなぜる。
ゼンがリラックスして眠ってくれるように願いながら。
「お前はそれで、俺をあまやかしているつもりのか?」
「そうだよ! たまには悪くないでしょ? せっかくの誕生日なのにゼンがとても疲れているみたいだから。少しでも眠れますようにっていうおまじない」
「……バカ」
たっぷりとした間をおいてゼンが発したバカって言葉は、優しい響きを含んでいた。頭を抱きかかえたままだから表情は見えないけれど、肩の力は少し抜けたんじゃないかと思える程度にはゆるんでいる。
(素直じゃないなあ)
けれど、そんなゼンのことが愛おしくて、抱きしめていた頭をかき抱いた。
最初の10秒程度は軽くかぶりを振っていたけれど、何度か髪を撫でているうちに、下に敷いた腕の重みが増していく。
(本当に疲れていたんだな)
撫でているうちに、ゼンはすでに眠ってしまっていた。
私はその体制のままゼンの頭に軽く口づける。
「お疲れさま……おやすみなさい。それと、お誕生日おめでとう。──いい夢を見てね」
その声がゼンに届いたのかはわからないけれど、彼の夢の中にその言葉が響いていればいいなと、そう思った。

