特にネタバレはありませんがうっすらデート「業務報告」の内容を参考にした部分があります。まだ付き合ってない2人。区切りごとに視点が交互に変わります。
A week before
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「CEOは誕生日を祝われるのがお嫌いなんです」
年始の挨拶にファーレイを訪れた帰り際、ケンさんに確認したゼンの誕生日関連のイベントの有無。彼程の立場の人ならパーティーでも開かれるのかと思えば、驚くべき答えが返ってきた。
「えっ…」
「ああ、『盛大に』を付けるのを失念していました。何でも幼い頃に催されていた誕生パーティーの仰々しさが苦手だったそうで」
取引先などから届く贈り物は仕方なく受け取るけれど、社内ではお祝いの類は気遣い無用とされているのだと。
「そうですか…じゃあ仕方ないですね…」
日頃の感謝も兼ねて何かお祝いしたいと思っていたけれど、本人が望んでいないのなら。メッセージくらいは許されるかな?と考えながら退出しようとすると、ケンさんに引き止められた。
「…待ちなさい。まさか何もしないつもりですか?誰のお陰で君の会社が存続していると思っているんです?その恩人の誕生日を祝わないと?」
捲し立てられて慌てて言い訳をする。
「だって…祝われるの嫌いなんですよね?」
「盛大には、と言ったでしょう。謙虚に誠実に平身低頭してどうか祝わせて下さいとお願いすればCEOも鬼ではありませんから許して貰える可能性はあります」
「なるほど…!頑張ってみます!」
「健闘を祈ります」
うんうんと頷くケンさんにお礼を告げて、私はゼンの執務室へと踵を返した。
…なぜ私は誕生日のお祝いをするのに、落度を謝罪するような重苦しい気持ちで許しを請おうとしているんだろう。
自問が浮かんだ時には、既に扉をノックしてしまっていた。
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「まだ何か用か?」
デスクでノートPCに向かっていると、先刻辞したばかりの彼女が逡巡した様子で再び姿を現した。
「…あの…ゼン、来週の13日の予定は…」
「13日?」
スケジュール表を開いて確認すると、当日はオフと告げた記憶もないのに不自然にそこだけ真っ白だ。
それが何の日か思い至り、余計な気を回す補佐に内心苦笑いする。
「…時間が取れない事もないが、何だ?」
「…あなたが本当に嫌なら無理にとは言わないけど、…その、お祝いをさせて欲しくて」
その口振りから、階下で行われたであろう彼女とケンの会話の内容に想像がついた。
…行き届いた仕事ぶりは、給与査定に反映させなければならないな。
「嫌かどうかは内容に依るが、お前はどう祝ってくれるんだ?」
訊けば案の定、「考えていませんでした」と書いてある顔で焦っている。だが困らせるのが目的ではないから、ここは早めに切り上げてやろう。
「…まあいい。当日の楽しみにしておく」
許可を得たと気付いた彼女は何故か驚いた表情をしていたが、その後意を決したように宣言した。
「…わかった!楽しみにしてて!」
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On the day
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報告のために訪れたことがあるゼンの家はとても広いけれど、豪奢な雰囲気はなくすっきりとしていて、無駄を好まない彼を良く表している。
明るい時間にお邪魔するのは初めてだな、とソファの片隅に納まって部屋を見渡していると、お茶を入れてくれたゼンが横に座りながら尋ねた。
「…そろそろ聞かせて貰えるのか?」
あの時勢いで楽しみにしてて、なんて返したものの、何をすればゼンに喜んで貰えるのか皆目見当がつかなかった。
欲しいものは自分で何でも買えてしまうだろうし。
私が確実に彼を喜ばせるには目覚ましい業績を上げるしかないけれど1週間でなんて到底無理だし。
それなら…お金で買えないものしかない。
コンセプトは決まっても具体的な案がどうしても思い付かなかった私は、最終手段に出ることにした。
「私のお祝いは…これ!」
ゼンに差し出したのは、“Happy Birthday”と印字された封筒。
表情を変えずに受け取った彼は、すぐに開いて中身を確認する。
「…今日1日、何でも言うこと聞きます券…?」
「日頃のお礼に今日は何でもします!10枚綴りになってるから、1枚につきご依頼1つね」
…そう。私が選んだ方法は、「選択権をゼンに丸投げ」だった。
十中八九呆れられると予測していた彼の反応を見ると、段々と眉間の皺が深くなっていく。
…怒らせた?幼稚過ぎたから?
背筋が凍りかけたその時、彼の口から発せられたのは。
「こういう物を、他の誰かに贈った事は?」
「…ないよ?強いて言えばパパに肩たたき券をあげたことはあるけど」
「…そうか。ではこんなプレゼントは俺だけにしておけ」
…他の人にはあげられないような酷さということ?
「…やっぱり下らなかったかな…ごめんなさい」
落ち込んだ私をハッとした顔で見返したゼンは少し慌てた様子だ。
「そうじゃない。…お前は危機管理能力が低すぎる。こんな物を渡して悪用されたらどうする」
「悪用…?」
「…自分で考えろ」
…何だろう。ゼンには無理難題は言われるかもと覚悟していたけれど、悪用と言われると少し違う気がする。
…お金を要求されるとか?
「ゼンだからそんな心配ないと思って」
そう告げれば、今まで耳にした中でも最大級の彼の溜息が鼓膜を揺らした。
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…絶対に正しく理解していない。
もしくは俺に絶大な信頼を寄せているか、俺を男と思っていない。
鈍感が引き起こす無防備さを改めて恐ろしく感じながら、いやだからこそ今まで誰の毒牙にもかからずに過ごして来られたのかも知れない、とも思う。
険しい顔をしている自覚はある俺を窺いつつ、彼女が声を掛けて来る。
「…ゼン、嫌なら無理に使わなくても…」
「貰った物は俺の物だ。…そうだな、まずはさっきお前が冷蔵庫に入れた物を持って来て貰おうか」
「…それが一つ目で良いの?」
来るなり冷蔵庫借りるね、とこそこそしまっていたホールケーキ用の紙箱には何も貼られておらず、即ち自家製と判じていた。
「紅茶に合えば良いんだがな」
「…合うには合うと思うけど、味は…はい!持って来ます!」
無言で見詰める俺の意図するところを読み取って、彼女が急いで席を立つ。
「あ、火がつけられるものある?」
「…いやそれはいい」
「大丈夫!歳の数も立てないから!」
…蝋燭を吹き消す儀式を遠慮する意味だったんだが。
仕方なく場所を教え、キッチンへ向かう彼女の後ろ姿を目で追ってから、手元のカードに視線を戻す。
…さて、何を依頼するか。
ケーキを食べ終えたら彼女のピアノを所望しよう。
夕食には手料理を。足りない食材は一緒に買い出しに行けば良い。
至って平穏で良心的なリクエストだ。残りもこの方向で、とは思うものの。
自分の理性に自信はあるが、今のままでは永遠に気付かない気もする彼女には、多少刺激のある願い事の一つくらい投じたくもなる。
慎重にトレーを運んで来る彼女に「悪用」の意味を実地で教えるのは…ひと吹きで消せぬ炎が残ったら、としようか。

