この激しい感情が〝恋〟だと気付いたら

written by ゆきダルマ

ネタバレ: ネタバレなし

 新年になり、年頭所感や年間計画に伴う会議など、忙しい日々が始まっていた。
子どもの頃は自分の誕生日をお祝いしてくれることを、浮き足立つような気持ちで待っていたことを思い出す。
そんなことを思い出したのは、彼女が新年の挨拶回りに来た数日前からである。

 執務室の扉の向こうからノック音と共に、聞き慣れた彼女の声がする。
入るように促した後、彼女の会社が掲げる年間計画書に目を通しながら、説明を聞く。幾つかの修正を加えた上で再提出を求める。
彼女はかしこまりました、と頭を下げる。出資元と出資先というビジネス的な距離感に、苛立ちを覚え始めたのは最近だ。
彼女が自分の会社報告を終えた後、彼女は軽く咳払いをして、背筋を正して真っ直ぐ迷いがない目で俺を見つめた。その姿に何かあるのだろう、と彼女の言葉を待った。

「どうした?」

「私、ゼンの誕生日をお祝いしたいの!」

「……何を唐突に」

「貴方のおかげで、私の会社の業績は伸びて……そのお礼をしたくて。ちょうど来週の月曜日は、ゼンの誕生日でしょ?」

「覚えていたのか……」

彼女が自分の誕生日を覚えていることに驚く。彼女曰く、資料にあったからと言う。

「どう、かな?」

「期待せずに、お前からの連絡を待っておこう」

「ひどい! でもOKってことだよね? 当日連絡するから!」

眩しい笑顔でそう言うと、慌ただしく資料をまとめて、彼女は執務室から去っていった。
席を立ち、珈琲を入れ窓の景色を見つめながら一口。彼女が去った後、苦いエスプレッソを飲んでいる彼の口元は綻んでいた。
彼女の提案は、彼にとても不思議な気分を味合わせ、過去へ想起させる。
それは、まだ母が生きていた時に、家族3人で食べたケーキとおめでとう、という祝いの言葉だった。
何だか擽ったい。忘れかけていたあの気持ちをもう一度と、彼は無意識に願わずには居られない。

 少し薄暗くなった時間。彼女が連れてきたのは植物園だった。ナイトツアーなどの企画を行っているらしく、時間帯に反して来場者が多いようだ。彼女の案内に着いていくと芳香が漂う。そこには、他の展示室と隔離された区画。観葉植物が生い茂る中、中央には間接照明や電球でライトアップされ、30cmほどに伸びる黄色い房状の花があった。

「これは……」

「マホニア・チャリティーっていう常緑低木なんだって。ゼンの誕生樹なんだよ」

「誕生樹……」

「誕生花も素敵だけど、誕生樹も素敵だと思って。ゆっくり時間をかけて大きくなる姿に心が暖かくなるというか、親近感が湧くというか」

目を細めてマホニア・チャリティーを見つめる彼女の横顔に、自分を見つめる母の顔を思い出した。暖かくて、優しい、母の顔を──
マホニア・チャリティーに近付くと、より香りが強くなった。その香りに浸りながら目を閉じると、母の香りに包まれる感覚を感じた。

「ゼン」

彼女に呼ばれ後ろを振り返ると、持っていた紙袋から包装紙に包まれた2つの箱を取り出す。

「これは?」

「誕生日プレゼント。ネクタイにしてみたんだ。もう一つは柴犬グッズの詰め合わせ!」

「……」

満面の笑みで話す彼女を見ると、今までの彼女との全てが走馬灯のように駆け巡った。
この日を待ち遠しく待っていた日々、ビジネス関係という冷たい関係に苛立ちを覚えていた日々。
こんなぐちゃぐちゃになってしまう感情とは何なのか、なぜ彼女だけなのか、その答えを今見つけ出した。

「そうか、なるほどな……」

「? 何か言った?」

「いや。しかしお前のセンスは疑わしいな」

「もう! いっぱい悩んで選んだんだからね!」

「ああ、分かっている。今日はお前に感謝するべきだな」

その時から彼女は彼が見せた表情が脳裏から離れなくなる。彼が彼女に見せた表情は、まるで愛しい恋人に見せるような朗らかな笑みだったからだ。

 誕生日を迎えてからというものの、CEOは変わられた。変わった、と言っても些細な変化。でもその些細な変化が会社内でも話題になる始末。
今までモノトーンのネクタイしか見かけなかったのに、最近は天鵞絨色のチェック柄が施されたネクタイをしている。スマートフォンに通知が入って画面を見たかと思えば、口元に弧を描く表情。

「ケン」

「は、はい!」

「来週のパーティーだが、彼女を俺と共に出席させる。連絡をしておいてくれ」

「……かしこまりました」

ゼンが彼女に恋をしている。この事に気付くまで、彼が秘書の仕事に身が入らなかったのは、また別のお話である。

お読みくださり、ありがとうございました。 最初は恋人設定にしようかと思いましたが、お題を見たときに、いつもTwitterではラブラブな二人しか書いてなかったので。 付き合っているようで付き合っていない二人を書いてみたくなってしまいました。 最後、ゼンは自分の気持ちに気付くわけですが……果たして二人の関係がどうなるのでしょうか?