ぎゅっと握りあった手と手

written by さやん

ネタバレ: 11~14章まで

軽度ですが、11章の内容に触れています。 2人の関係性は好きあっているが、付き合ってはいない。甘酸っぱい恋人未満の設定です。 ゲームシナリオ風の展開で書いておりますのでご了承ください。

ゼンの誕生日まであと1日と迫った1月の半ば――
りんとした冬の空気がとげとげしく肌に突き刺さり、外出はおろか、行動することすら億劫になってしまう季節。
でも、私の心臓はドキドキと脈打ち、活気に満ち溢れていた。
(明日は奮発して、ゼンにとっておきのディナーをご馳走するんだから!)

事前に彼には予定をあけてもらってあるし、あとは明日を待つばかり。
そんな幸せな気持ちを嚙みしめながらオフィスで仕事に打ち込んでいると、携帯の着信が鳴った。

『今日はケンに送ってもらえ。18時に会社前だ』

ゼンからのメッセージだ。どうやら帰りの送迎の件らしい。ここ数日、ゼンは私の送り迎えを自ら買ってでてくれていた。
事の発端は先日、私がとある事件で大怪我をしたことに起因するのだが……。
(もうほとんど完治しているのに、心配性なんだから……)

そんな彼からの突然のメッセージに、困惑を隠せずにいた。
(ゼン、どうしたんだろ……?)
困惑するまま私は、メッセージに返信しようとスマートフォンのキーを叩く。

『ゼン、どうしたの?何かあった?』
『問題ない。寄り道せず真っ直ぐに帰れ、いいな?』
『見てもらいたい書類があったんだけど……』
『明日にでも見てやる。今日はケンの送迎で帰れ、いいな?』
『……うん、わかった』

ゼンの態度を不審に思いつつも、メールを終える。
(なんか、様子がおかしいような……?)
どんなに忙しくても、何があろうとも私の送迎を最優先にする彼が、いくら信頼のおける部下だからといって、”優先事項”を人任せにするだろうか。
(ケンさんなら事情知ってるかな……)

ケンさんに連絡してみると、ゼンは自宅での作業があるようで今日は出社していないようだ。
今朝、会社まで送ってくれたときには何も言っていなかったはずだ。
――何か、あったのかもしれない。
背筋にピリピリとした悪寒を感じた。女の勘というものだろうか。
(グダグダしていても仕方ないよね……ケンさんには悪いけれど……)

居ても立っても居られない私は、外回りの理由をこじつけて、足早にゼンの家へと向かった。

ピンポーン――
重厚な佇まいの扉前で、家主を待つ。しかし、一向にゼンは顔を出さない。
(もしかして、留守だったりして……)

彼の居所を確認するため、私は電話をかけた。
『もしもし、ゼン?今どこにいる?』
『……どうして俺の居場所を知りたがる。……まさか』
『ゼンの家の前にいるんだけど』
『……………..』
『ごめんなさい。心配で、居ても立っても居られなくて』
『……開けるから、少し待っていろ』

電話を切ってまもなく、ゼンは玄関の扉をあけて私を迎えてくれた。
いつもの100倍気だるげな眼差し、淡く紅潮した頬。心なしか息も荒いようにみえる。

「ゼン、もしかして具合が悪いの?」
「たいしたことはない。寝ていれば治る」
「たいしたことあるよ!風邪をこじらせると、本当大変なんだからね!」
「来て!」
「おい、待てっ」

私は彼の手を強く引くと、その勢いのまま、ズカズカと大股で寝室へ向かう。
――ゼンの手、冷たい

まるで生気を失ったかのように酷く冷たかった。
いつもは彼の方が温かいのに。手を貸してみろと、強引に熱を分け与えてくれるのに……。

まるで別人のような体温に、泣きたい気持ちをぐっと堪えて、寝室に向かって突き進む。
(今度は、私があなたを看病するんだから!)

寝室に辿り着くや否や、ゼンを無理矢理ベッドに横たえ、布団を肩までしっかりかける。
「キッチン借りるね!ゼンは寝てて、絶対起きてきちゃだめ」
「おい」
「いい?安静にして、ゆっくり休んでて」
「はぁ…….わかったから落ち着け」
「風邪といえばお粥よね。待ってて、とっておきのお粥をつくるから!」

そう言い残して、私はキッチンへ向かった。

…………………
…………………………………

ガタガタ……ガチャガチャ……….

耳障りな音がキッチンから響いてくる。時には、間の抜けた大きな独り言まで聞こえる。
こんなにぎやかな状況で眠れというのはいささか無理がある。だが、本人はいたって無自覚なのだろう。
一般的には騒音に値する耳障りな音が、彼女の真っ直ぐな思いやりのように感じられる。

(ふっ……悪くはない)
(いや、待て。安眠を妨害されているんだ。怒って当然だろう……)

しかし、怒りの感情は皆無であった。
むしろ俺は、心なしか浮かれているらしい。

(俺も、変わったものだな……)

ガチャーンッッ――――

「なっ――」
ひときわ大きな物音がした。おそらく皿でも割ったのだろう。
「はぁ……..」
放っておくと、家を破壊されかねない。それに、彼女が怪我をしていないか気がかりだ。
俺はベッドから起き上がると、足早にキッチンへ向かった。

…………………
…………………………………

「できた!!」
紆余曲折を経て……無事に卵粥が完成した。
見た目は完璧。味は、ちょっとしょっぱいかもしれないけれど。
塩っけがあったほうが病人には効くって聞いたことがあるし、きっと大丈夫!喜んでもらえるはずだ。

満足げに卵粥を眺めていると――

「おい、なんだこの状況は……」
「へ?あ、ゼン、ちょうどいいところに!見て、卵粥できたよ!」
卵粥を持って、ゼンのもとに向かおうとすると――

「くっ……待て、止まれっ――」
「え?」
ゼンは焦った様子で私に近づくと、その大きな手のひらで私の腰と両足を掴み、そのまま軽々と抱き上げた。
「へ?何!?」
「お前は卵粥しか目に入らないようだな……」

ゼンに促され、辺りを見渡す。
あちこちに散乱する調理器具、扉が開かれたままの冷蔵庫、しまいには、割れた皿の破片が床一面に飛び散る始末。
こんな悲惨なキッチンにて、ゼンに横抱きにされる私。
(ああ……やらかした……)

「ごめんなさい…….私お粥づくりに夢中で、その……」
「皿の破片が飛び散る中、走るバカがあるか……」
「本当にごめんなさい……」
「……怪我はしてないか?」
「うん、大丈夫」
「…….はぁ。怪我がないなら、いい」

ゼンは大きなため息をつくと、私を抱えたままリビングのソファへ向かう。
そして私をそっとソファにおろすと、再びキッチンへ戻っていった。
(どうしよう……怒らせちゃったかな)

手に抱えたままの卵粥をじっと見つめる。
「はぁ……食べてもらえないかも」

「おい、誰が食べないと言った?」
「え?」

スプーンを携えたゼンが、キッチンから戻ってきた。

「食べてくれるの?」
「……お前にしてはよくできたんじゃないか。まあ、見た目の話だがな」
「味もきっと大丈夫!おいしいはず!」
「あ!ね、スプーン貸して?」

彼から強引にスプーンを奪うと、卵粥をそっと掬って、ゼンの口元に運ぶ。

「おい、何のつもりだ……?」
「風邪が一発で治る、とっておきのおまじないだよ」
「なんだ、それは」
「口あけて、はい、あ~ん」
「なっ…………はぁ。好きにしろ」

そう言い捨てると、ゼンは素直に口をあける。渾身の想いでつくった卵粥を彼の口に運ぶと、パクっと一口に食してくれた。
(た、食べてくれた…!!)

一生懸命につくったお粥を食べてくれたことが純粋に嬉しくて、胸がドキドキと高鳴った。

「ど、どう?」

モグモグと咀嚼するゼンに、恐る恐る尋ねる。

「塩辛い……だが、悪くはない」
「よ、よかった。souvenirマスターの合格ラインはもらえたかな」
「ふっ、調子に乗るな」

ゼンはその大きな手のひらで私の頭を無骨に撫でつける。
――あれ?ゼンの手、温かい

その温かさを確かめるべく、彼の手をとり、両手でぎゅっと握りしめた。

「ふふっ、よかった」
「なんだ?」
「ゼンの手、温かくなってるから」

キョトンとした表情から一変、ゼンは穏やかな表情を浮かべた。
私にだけ見せてくれる、とっておきの表情を――

「お前を見ていると飽きない」
「え?」
「放っておけなくて、否が応でも体力がもどるようだ」

ゼンは私の手をぎゅっと握り返す。
私も負けじと握り返した。

「でも、無理は禁物だよ。残念だけど明日のディナーは中止に――」

すべてを言い終わる前に、ゼンは私の頬をそっとなぞる。

「お前がいれば、いい」
「?」
「俺は、お前がいれば、何もいらない――」
「ゼン…….」

真剣な眼差しに射抜かれて、目が離せない。
なぞられた頬はとても熱くて。心臓は壊れそうなほどにドキドキと脈打つ。

「じゃあ、私をプレゼント……とか?」
「ふっ……」
「冗談だと思ってる?本気だよ!」

再び彼の手をぎゅっと握る。

「そうか」

ゼンもぎゅっと握り返してくれた。

強く握りあったお互いの手はとても温かくて――
私たちはその心地よい熱を、しばらくの間共有しあうのだった。

読んでくださりありがとうございました。 恋プロ本編のゼンの看病に胸を焦がしまして、とうとう逆看病ネタに手を出しました。 真っ直ぐに全力でゼンを想いやる主人公ちゃんと、主人公ちゃんのことを愛おしいと思う気持ちが所々で溢れでてしまうゼン。 恋人未満ギリギリの甘酸っぱいシチュエーションを書かせてもらいました。 この後、2人でどのような誕生日当日を過ごすのか。 ぜひご想像を膨らませていただけたらと思います。